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コレクターの愉しみ

  • ゲスト町田 忍(庶民文化探求家)
  • 聞き手加藤 豊(燐票蒐集家・グラフィックデザイナー)
【ゲストプロフィール】
銭湯・納豆ラベル・マッチラベル・征露丸等々日本に存在するあらゆるラベル・包装紙・化粧箱等を収集する博物学者。庶民文化における見落とされがちな風俗意匠を研究。各種パッケージ等の収集は小学校時代から継続中。チョコレート、納豆ラベルは二千枚を越える。主な著書に「戦時広告図鑑」(WEVE出版)、「納豆大全」(小学館)などがある。

町田忍博物館:http://www.edo.net/machida/index.html

加藤
たまたま僕と町田さんは昭和25年生まれという同じ歳なんですよね。
そうそう(笑)
町田
加藤
僕たちにとって、昭和30年代は子ども時代、昭和40年代はビートルズなんかが出てきてまさに青春時代。だからその頃の楽しい思い出というのは共通項としてありますよね。そしてその昭和30-40年代はマッチというのが日常生活にかかせないアイテムだった。そんな中で僕や町田さんみたいに「絵柄」に興味を持つタイプの人間にとっては当時からマッチのラベルにもなんとなく惹かれてはいたんだよね。
そう。実は僕にとってはマッチラベルへの興味は「めんこ」からなんですね。めんこのイメージとすごくダブっているの。色づかいとか、受けるインスピレーションみたいなものが。
町田
加藤
そうだね。めんこもその頃は必携アイテムだったしね。でも、「集める」という行為はいつごろから?
意識してマッチを買うようになったのは大学1年の頃から。その頃はまだ情報も発達していなくて、自分以外にマッチを集めている人がいるのかどうかさえ知らなくて、ただただ、自分の趣味として集め出したんです。マッチを収集している人が他にもいたなんて知ったのは本当にずーっと後のこと(笑)
町田
加藤
その「意識して買い集める」に至るきっかけというか、それまであたりまえに目の前にあった「日常品としてのマッチ」が「コレクションの対象という非日常品」に変わったきっかけは?
買い集めだしたピークは昭和40年代はじめなんですね。その頃はちょうど日本が高度経済成期に入った時期で、今までの価値観がガラリと変わりだし、日常的にあった物がどんどん姿を消しつつあった時代。ちょうどその時代の狭間にいたからこそ意識していろいろな物を集めておこうと思ったんだと思いますよ。だって短期間に急激にいろいろな物事が変化していった時代だったから。昭和30年からから東京オリンピックまでの数年間で本当にガラッと変わっちゃったからね?
町田
加藤
そうそう。おおげさに言えば、手作りだった世界がどんどん失われていって工業化の世界に変わっていくっていうか・・。 マッチの産業的側面から言えば、マッチ生産のピークも昭和40年代なんですよ。昭和30年代まではマッチ箱は経木(きょうぎ)でつくられた「木箱」だった。それが40年代になってボール紙に印刷された「紙の箱」へと変わった。業界的にはそれによってとても効率化が図られ、量産がさらに容易になったわけだけど、我々にとってはものづくりの何かが失われていく悲しさはあった。 だからそういう時代の境目にいた人間にとっては良いも悪いもその「比較」ができた。今思えばとても大切な時代を過ごしてきたんだよね。でもバタバタといろいろな物事が変わっていくというのは、刺激もあったけど、とまどいや不安もあったよね。 僕がマッチを集め出したきっかけは、昭和30年代後半ごろから、つまり1960年代は、アメリカからの文化がどっと日本に入ってきて、むかしから続いてきた日本的なものが否定され、アメリカ的なもの、モダンなデザインがすべて良しという風潮になってきたんだよね。何か、明治維新後の文明開化みたいだけどね。でも自分の感性としては、それに違和感と疑問を感じながら過ごしていた。そんな時に横尾忠則さんとか赤瀬川原平さんとかが出てきて、日本の土着的な色彩・デザインを全面に押し出した作品が注目を浴びたんだよ。それで「ああ、いいんじゃないか!自分の感性も間違ってはいなかった」と自信と確信を得られたんだよね。同時にお二人が作品に使っていた「マッチラベル」に強烈な衝撃を受けた。「これだよー!」って。反モダニズムを象徴している物のように感じた。それで大学時代、仲間を募って交換会みたいなものをささやかに始めたわけ。
コレクションのきっかけという意味では、「マッチラベル」は「昆虫採集」と共通するところもあるんですよ。まず似たような色づかいと形を並べて、その微妙な違いを分析し差別化するという点で。(笑)
町田
加藤
そうか!なるほどねー(笑)
僕、小学校の時にゴキブリと蠅だけで昆虫採集をやったんですよ(笑)自分としては勉強できなかったから、夏休みの宿題の昆虫採集でも何か人とは違ったことをして目立ってやろうと思ったわけ。ところが、これが友達からすっごい不評を買っちゃったの(笑)だけど、先生だけはすごく褒めてくれた。それで子どもなりに「ああ、こういう事もあるんだなー」って思って、それから人が興味を持たないことに興味を持つようになったんだよね。
町田
加藤
収集癖につながってしまった良き理解者にめぐり会えたわけだ。町田さんのコレクターとしての源は「昆虫採集」にあり!(笑)
いや本当に。だから僕の集めているものはすべて「似たような形のものの中にいかにデザインされているか」っていうことですよね。僕はマッチ一筋じゃないんですが、たとえば甘栗のパッケージにしても、空き缶にしても、箸袋にしても…。それをすべて「昆虫採集」のように並べて、その微妙な違いを楽しむ。だから僕にとっては「コレクション」は「昆虫採集」なんですね(笑)
町田
加藤
わかる!わかる!(笑) マッチにしても町田さんがコレクションしている様々なパッケージ類も、「採集」という目的意識を持たなければ絶対に「ゴミ箱行き」だよね。でも印刷物として捉えると、技術力としては今よりも劣る時代に、逆に残しておきたくなるような凝った描き方をしているものが多いのね。「デザイン」というより「図案」という雰囲気の描き方。そこに惹かれているんだと思う。 だから僕もマッチ以外のものにも興味は同じ感性で持つんだけど、ただ、「集める」ということに対して本気になると整理整頓も必要になるし・・・。その点で町田さんは僕にとっては驚異だね(笑)僕的には一生の中でそんなにたくさんの種類のものをすべて整理していくのは絶対無理だよーって感じ(笑)。
僕にとってはそれをしていないとすごいストレスになるんだよ。 それに、マッチはもう加藤さんにまかせて安心だけど、他のものは自分がやらないと後世に残らないでしょ?
町田
加藤
「継続は力なり」で、人が見たら「いったい何やってんの?」っていう無駄と思えるものでも集大成になると一つの凄いものが確立するんだよね。ただこればかりは、興味がない人に対して「仕事だからやれ」と言ってもできないよね。
できない!できない!(笑)
町田
加藤
ああ、マーブルチョコレートは僕も一時期集めたけど、結局やめてしまったなぁ。 でもお菓子のパッケージならなんでも集めているというわけじゃないよね? だってきりがないもの。
お菓子では主にチョコレート。元々、大学の論文でチョコレートのパッケージをテーマにしたから。この前、大学から論文を返してもらったよ(笑) こうやって数を集めるといろいろな違いが見えてくるんですよね。「違い」というところから入っていくと話がドーッと奥に広がるんですよ。
町田
加藤
そうそう。数が揃うとその違いが見えてきて、違いを見つけると、その理由を解き明かしたくなる。そして過去の事を調べた結果、自分の推理が正しかったと喜んだり、思わぬ訳があったと知って驚いたり。それが楽しい。
その過去を解き明かすという楽しみというは「わび・さびの世界」なんだよね。特に僕らが集めている物はどれも人から見れば「価値のないもの」。 つまり「市場がない」ものなんですよ。でも我々にとってはこれが大切。 すでに売り買いが成立するようなアイテムだったり、大勢の人が集めたり調べているものにはあえて手を出さない。誰も踏み込んでいない世界で自分がコツコツと集め、その過去を解きほぐしていく。年輩の人に聞いてみるとか、職人さんを訪ね歩くとか。それが醍醐味。 昔よく「僕たちは精神貴族だね」って友達と言い合っていたんだけど、まさに「わび・さびの世界」ですよ。茶道ですよ(笑)茶道だってよく考えるとばかばかしいじゃない?お茶を飲むだけのことにああでもない、こうでもないと言い合っているのは。でもあれはとても知的な遊びなんですよ。
町田
加藤
そうだね。 僕らは「もう価値がないもの」を集めるコレクターだけど(笑)、だからこそ、他に調べている人も少ないし、資料も少ない。そうすると結局自分の足で過去を解きほぐしていくしかない。その結果何かがわかった時は「自分の力で得た知識」として堂々と人に話せるし、なにより自分自身を納得させられること、知識が深まることが楽しい。そういう時間をかけた積み重ねによって「集大成」になった時にはじめて「価値」というものがでてくる。 元々、お金をもうけるために集めているわけでも調べているわけでもない。とてもストレートに純粋な気持ちで「自分を納得させるための行為」を行っているだけなんですよ。まあ好奇心と精神的余裕がないとできないことだけど(笑)
そうそう。精神的余裕が必要だよね。それに、お金もうけるためならもっと効率的な事を選んでいるよ(笑)
町田
加藤
非効率の楽しみというのがコレクターの原点かな。
そう、コレクターの原点は絶対にそれだね。
町田