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マッチの雑学:08〜10

08 マッチの日

 5月12日は『マッチの日』です。
 マッチの始祖清水 誠が1869(明治2)年5月12日にヨーロッパ留学のために横浜港から出航したことにちなんで決められた。また、1975(昭和50)年5月12日に東京都江東区亀戸天神社境内に「清水誠顕彰碑」が再建された。

09 日本のマッチ

 マッチの種類の多いことは日本が世界一である。多品種少量生産に対応できるシステムが確立しているので、世界中から広告宣伝用マッチの受注がある。現在日本のマッチ生産量の約2割は外国向けで、主としてヨーロッパ、米国に輸出している。
 マッチの生産量は減少したが、業界では早くから経営の多角化を図り、かつてマッチ産業が育てた土地・技術・販路の3つの資源を有効に活用し、生活に密着した商品の開拓に取り組んで複合産業へと展開している。マッチ製造で培った技術的な経験を生かした分野として印刷関連の事業がある。たとえば各種の印刷、紙器の製造、生活日用品雑貨への名入れなどである。また土地を活用した分野としてテニスクラブ・スポーツ施設・駐車場などを展開している。

10 マッチと兵庫県

 明治維新のあと、失業士族救済、産業振興のため各地にマッチ工場がつくられた。兵庫県では姫路の就光社、尼崎の慈恵社が設立されたが、長続きしなかった。その後、進取の気質に富んだ企業家が神戸、大阪にマッチ工場をつくり、特に日本を代表する貿易港である神戸港から華僑の手によりマッチが輸出されるようになった。神戸で造船・鉄鋼・ゴム製品などの工業が発達するとマッチ生産の中心が西へ移動し、現在は姫路地域で国内の約80%を生産している。

 兵庫県の瀬戸内海地域の地場産業として発展した理由として、下記のことがあげられる。

  1. 神戸港に近く「原材料の輸入」と「製品の輸出」がしやすかった。
  2. 雨が少なく温暖な「瀬戸内海性気候」が乾燥工程の多いマッチの製造に適していた。
  3. 新しいものに取り組もうとする「播州(ばんしゅう)人」の気質があった。
  4. 付近に工場が少なく、働きたい人が多かったので、人を集めやすかった。
Contents
01 火の歴史
02 マッチの製造工程
03 マッチの種類
04 マッチに使われる薬品
05 軸木
06 環境に優しいマッチ
07 マッチのすり方
08 マッチの日
09 日本のマッチ
10 マッチと兵庫県
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