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Column11 中華民国向け燐票

 1911年、孫文の指揮により、清朝打倒を目指した辛亥革命から丁度100年を迎えた今年、日本在住の華僑連合による企画展が各地で催されています。また、孫文率いる中国同盟軍の同志として辛亥革命の実戦部隊の指揮をとったジャッキー・チェン演じる黄興(コウ コウ)を描いた映画「1911」が全世界同時公開されています。
 そこで当時、日本で製造し、華商の手によって中国へ渡った中華民国向けのマッチラベルを紹介していきます。

Column Content

Column01|マッチの発明は、ヨーロッパから
Column02|清水 誠と新燧社商標
Column03|国産第一号の燐票いろいろ
Column04 | 岩谷の天狗煙草票
Column05 | スウェーデンにある世界唯一のマッチ博物館
Column06 | 苫小牧市博物館 「マッチワンダーランド」展覧会記
column07 | 神戸大学付属図書館「近代神戸の源流を訪ねて・鈴木商店とマッチ産業の盛衰」展覧会記
column08 | アンデルセン「マッチ売りの少女」の絵本
column09 | マッチと花火
column10 | 木版の版木商標
Column11 | 中華民国向け燐票
Column12 | インド向け輸出マッチ
Column13 | 幻の大元帥票・前編
Column14 | 幻の大元帥票・後編

 19世紀にヨーロッパ諸国で発明されたマッチは、遅れて1875(明治8)年、日本でも清水誠によって国産化に成功、1878(明治11)年には初めて清国上海に輸出するまでに至りました。これ以降、マッチは日本の重要な輸出花形商品のひとつとなっていきました。
 そこには神戸、大阪の居留地に定住していた華僑の存在なしには日本のマッチ産業は成立しませんでした。彼らは華僑商人としてマッチも扱う貿易商となって神戸、大阪を根拠地として香港、上海などの中国南方方面から東南アジアまで精力的に販売を広げていきました。マッチの製造、および商標ラベルの印刷は日本で行い、販売は華商とする役割分担とし、安価で品質の良いマッチは華商ならではのネットワークを活用することで中国の津々浦々にまで販路拡大していきました。
 こうした華商と特に絆が強かった日本のマッチ事業家には、1880(明治13)年、神戸に清燧社を設立した瀧川辨三がいました。瀧川は貿易商社、怡生号(イセイゴウ)の呉錦堂(ゴキンドウ)、怡和号(イワゴウ)の麦少彭(バク ショウホウ)と取引きを結ぶことで対清貿易を不動のものにして日本の燐寸王と呼ばれるまでになり、大正期には神戸に東洋随一のマッチ工場を興します。ただ、反面、潤沢な資金もない零細企業であった多くのマッチ製造業者に対して資本力の豊富な華商は、融資を先行させ、日本製マッチを都合の良い条件で売りさばき大いに利益を図っていました。
 こうして国内供給はもとより華商の力も借りて海を渡った日本の輸出マッチは明治後期になると生産の8割は輸出用として世界のいたるところへ行き渡り、スウェーデン、アメリカと肩を並べる世界三大マッチ大国の一国となっていきました。

 このような背景のもと、1912(明治45)年1月1日、孫文によって辛亥革命後に樹立された中華民国への国民の期待と高揚を象徴したマッチラベルが華僑商人のプロデュースにより多種多様なプロパガンダ商標として製造されました。マッチは誰もが必ず常用するモノとして国威発揚の宣伝効果としてはうってつけの商品でした。

 中華民国向け意匠の表現手法は、第一に、やはり辛亥革命の立役者、孫文の肖像をメインに扱ったものが目を引きます。さらに黄興、黎元洪(レイ ゲンコウ)、袁世凱(エンセイガイ)も加えた革命を象徴する人物も描かれています。ちなみに、「革命三尊」としては孫文、黄興、章炳麟(ショウ ヘイリン)が掲げられますがマッチラベル意匠ではどういうわけか章炳麟は取り上げられることはなく、「共和三傑」として代わりに黎元洪が登場しています。黎元洪は元々、清朝軍の将校であったのが革命軍の都督に祭り上げられた人物ではあるのですが英雄視されています。また、袁世凱も当初は革命軍を制圧する立場であったのが形勢不利な清朝を見限り、謀略の末、清朝皇帝の退位を迫り、共和制樹立と引き換えに孫文から中華民国大総統の地位を強引に剥奪した謀略家でした。

 第二は、中華民国建国時の国旗「五色旗」をはじめ「青天白日満地紅旗」、「十八星旗」を掲げた図柄や「三民主義」、「五族共和」、「共和万歳」などのスローガンを多彩な色彩と文字によってあらわしています。
 第三は、中華民国旗の五色旗を旗として描くだけにとどまらず五色のストライプにデザイン化して別の吉祥図像と組み合わせて商標を作りあげています。五色旗の色は上から赤は漢民族、黄は満州族、青は蒙古族(モンゴル族)、白はウィグル族(回族)、黒はチベット族(蔵族)をあらわし、五族共和の象徴となっています。

中華民国向けマッチラベル 中華民国向けマッチラベル

中華民国向けマッチラベル 中華民国向けマッチラベル 中華民国向けマッチラベル

 1912(明治45)年3月から1918(大正7)年5月までの6年間に日本政府農商務省特許局が認可した中華民国建国時のプロパガンダ商標は商標権者が日本のマッチ製造業者となっているのが108件、華商名となっているのが61件、合計169件の意匠が登録商標されています。加えて、登録申請されていない意匠も合わせると数百種にもなります。

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