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Column05 マッチ博物館視察 スウェーデンにある世界唯一のマッチ博物館

世界一のマッチ大国

 近年、洗練された家具やライフスタイルのデザインで脚光を浴びている北欧諸国の一国、スウェーデン。
 実は、スウェーデンが世界一のマッチ大国だと知っている人は少ないのではないでしょうか。
 この事実は不思議なことに現在書店でスウェーデンの歴史、自然、産業を調べてみても、またどのガイドブックにもスウェーデンが一大マッチ産業を成し遂げ、今も世界の国々へマッチを供給していることなどほとんど述べられていないのです。
 また、最近、銀座のデパートで開かれた北欧展のスウェーデン・コーナーでもマッチ箱のひとつも見つけることが出来なかったし、案内係の日本人担当者にスウェーデン製のマッチのことを聞いてもまったくわからず、案内する側がその事実にビックリするというありさま。スウェーデンが昔、マッチ産業が栄えていたことを知る者にとっては何か隠しておきたい事情があるのかと首をひねりたくなります。デパートだからマッチを置きたくないのか、もう時代遅れの商品ととらえて置かないのかわかりませんが、本や展示にこうも紹介されていない実態を知るとトリビアな分野でしょうけどスウェーデン・マッチの認知度が低いのもやむを得ないでしょうね。

スウェーデンという国

column05_photos01-1.gif(18827 byte) スウェーデン、イェンシェピング  わたしたちがスウェーデンについて知っていることといえばダイナマイトの発明をしたアルフレッド・ノーベルの遺言を基に創設された「ノーベル賞の国」や「福祉国家」、「森と湖の国」、「ガラスの王国」というイメージをまず思い起こすでしょう。

Column Content

Column01|マッチの発明は、ヨーロッパから
Column02|清水 誠と新燧社商標
Column03|国産第一号の燐票いろいろ
Column04 | 岩谷の天狗煙草票
Column05 | スウェーデンにある世界唯一のマッチ博物館
Column06 | 苫小牧市博物館 「マッチワンダーランド」展覧会記
column07 | 神戸大学付属図書館「近代神戸の源流を訪ねて・鈴木商店とマッチ産業の盛衰」展覧会記
column08 | アンデルセン「マッチ売りの少女」の絵本
column09 | マッチと花火
column10 | 木版の版木商標
Column11 | 中華民国向け燐票
Column12 | インド向け輸出マッチ
Column13 | 幻の大元帥票・前編
Column14 | 幻の大元帥票・後編
column05_photos01-2.gif(34992 byte) スウェーデン、イェンシェピング 森と湖のスモーランド地方  さらに、あまり知られてないことでは、電気冷蔵庫、電気掃除機、卓上式電話機、ファスナー、ペースメーカー、シートベルト、パソコンのマウス、そして安全マッチなどがスウェーデン人の発明によるものです。アメリカ製コカ・コーラのくびれたビンもスウェーデン人によってデザインされたものです。企業では世界最大の家具チェーンのイケア、自動車のボルボ、サーブ、通信機器のエリクソン、カメラ・レンズ製造のハッセルブラッドが有名です。  スウェーデンの国土は45万km2で日本の面積の1.2倍ありますが、国土の66%は針葉樹林の森林に覆われています。人口は約900万人(世界第84位)で日本の総人口約1億3000万人に比べて非常に少なく、神奈川県、大阪府程度の人口です。

マッチ博物館

 首都ストックホルムから南東に下り、スウェーデンで2番目に大きな湖ヴェッテーン湖近郊のスモーランド地方最大の町イェンシェピングに世界で唯一のマッチ博物館があります。
 1827年、イギリスのジョン・ウォーカーによって塩素酸カリウムと硫化アンチモンを頭薬とする摩擦マッチが発明され、1844年にはスウェーデンのジョワンとカール・ルンドスレーム兄弟もイェンシェピングにマッチ工場を設立、黄燐マッチの製造を開始しました。
 しかし、マッチ産業の初期に広まった黄燐マッチは、こすれば火がつく便利さの反面、ちょっとした摩擦や低温度でも自然発火してしまうことで火災事故をまねいたり、黄燐の持つ毒性がマッチ製造労働者にとっては?”燐中毒壊疽(えそ)という職業病に冒されてしまうことが大きな社会問題となりました。
 そこで1855年、ジョワン・ルンドストレームは新たに発見された赤燐を基にして発火剤と燃焼剤を分離させたマッチ、つまり今わたしたちが使っているマッチと同じマッチの軸と箱の側面とに薬品を分けたスウェーデン式安全マッチを発明しました。これにより分離発火型の安全マッチは特許も取り、世界を席巻する基盤を作り上げていきました。
 この頃イェンシェピングに最初に建てられたマッチ工場の場所に国営のマッチ博物館があります。
 館内には1900年代の古い機械や1900年中期の自動マッチ製造機などの展示とともに婦人労働者(Lena)の燐を扱う作業によって引き起こされた悲惨な職業病のことも解説しています。
 また、マッチ製造労働者の住居もマネキンを使って家庭内でマッチ箱を組み立てる様も再現されています。
 館内2階では昔のマッチ軸配列機も展示しており、これは日本では1955年頃まで使用されたものです。
マッチ博物館 マッチ博物館の館長 マッチ工場跡 宣伝プレート ジョワンとカール兄弟 マッチ労働者の住居
転写された石版石 アレクサンダー・ラゲルマン  日本でも1950年頃まで使われていた石版印刷機も置かれていて、当時印刷していたマッチラベルの版が転写されている石版石からその頃のマッチ商標柄が見てとれます。
 1892年、アレクサンダー・ラゲルマンによってマッチ製造の機械化が始まりましたが、日本は遅れて1929年に自動マッチ製造機が設置されました。その後、戦災で焼失したため、本格的に機械化が始まったのは1961年以降となっています。
自動マッチ製造機 マッチ軸配列機
 世界のマッチ王といわれたスウェーデンのイウォール・クルーガーの世界制覇を目指した経緯も紹介されています。クルーガーによって日本も1924年から企業買収を受け、国内でのマッチ生産量の70%がスウェーデン系というところまで日本のマッチ製造業界は追い込まれましたが、1932年に勃発した欧州金融恐慌でスウェーデン・マッチが行き詰まりクルーガーの自殺によりスウェーデン・マッチトラストは日本から撤退することになりました。
 博物館での展示品は製造機械類のほか、登録商標をはたしたスウェーデンの歴史的価値のあるマッチラベルの数々も展示され大いに興味を惹かれます。
 イエンシェピングのマッチ博物館のほかにスウェーデンにはストックホルムの野外博物館スカンセンの中にも2000年からマッチ関連の展示も加わった「タバコとマッチ博物館」があります。
サン・マッチ イェンシェンピング商標マッチラベル
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